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大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)3672号 判決 1956年9月18日

原告(反訴被告) 京阪神急行電鉄株式会社

被告(反訴原告) 大阪福島運送株式会社

主文

被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し金九十六万四千九百円及び之に対する昭和二十七年二月一日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払うことを命ずる。

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

この判決は原告(反訴被告)に於て金三十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告(反訴被告以下原告と略称)訴訟代理人は本訴につき主文第一、第三項同旨の判決竝びに仮執行宣言を求め反訴につき主文第二項同旨の判決を求め本訴請求原因竝びに反訴に対する答弁として、

一、原告会社は電車による旅客竝に貨物の運輸業等を営む会社であり被告(反訴原告以下被告と略称)は貨物自動車による運送業を営む会社であるが昭和二十六年四月二十八日午後三時頃原告の経営する神戸線西宮北口と夙川両停留所間にある通称南郷山踏切線路内で被告会社運転手石田種一の操縦する貨物自動車に原告会社の電車運転手田中了二の運転する大阪発神戸行特急四輛連結列車(車輛番号第八一〇、第八六〇、第八一三、第八六三号)が衝突し電車々体、直近の工作物、貨物自動車を損壊させる事故が発生した。

二、右の事故は次に述べる如く被告会社の被用者である運転手石田種一等の過失に基くものであるから被告は原告に対し原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

即ち元来電車専用軌道と道路の交叉する電車踏切を横断しようとする諸車の操縦者は能うる限り速かに踏切を通過するよう努め踏切内に停止すべきではない。道路交通取締令第二十八条は車馬は法令の規定交通上の標識等によつて交叉点に一時停車する場合のほか停車又は駐車することを禁じているが踏切を通過する諸車にも右規定の趣旨は妥当するところでありこのことは踏切の性質交通の理念上当然である。従つて貨物自動車が貨物を積載し踏切を通過する際その積載貨物が軌道附属の工作物に接触し踏切内で車が停止立往生を来す虞れがある場合には或は自動車運転手は踏切に進行する前に安全に踏切を通過し得るよう貨物の姿勢調整等適宜の措置をとり或は最寄の駅長に連絡し安全通過の方法につき折衝すべきであり又踏切に進行し積載貨物が附属工作物に接触通過が困難であることが判明した以上急遽自動車を後退さも事故を未然に防止する業務上の注意義務があることは前記踏切を横断するに際し速かに之を横断し踏切内に停止すべきでないことから当然であり就中原告会社の神戸線の如く頻繁に上下線が往来するを常とする場合は一層切実に右の注意義務は要請されるものである。然るに石田種一の操縦する被告会社所有の貨物自動車に積載した変圧器は地上から高さ四、九六米(自動車の高さ〇、五米積載貨物である鉄台及び変圧器各〇、二一米及び四、二五米)で之を本件事故現場たる南郷山踏切に東西に架設してある電話線の高さ四、〇五米と比較すると重量貨物による自動車タイヤの圧縮を最大限〇、一五米と仮定し之を考慮にいれても尚〇、七六米高く、このまゝ踏切内に進行するときは変圧器上部が電話線に接触し通過不能となる虞があることは目測を以てしても直感し得たに拘らず事前措置を構ずべき前記注意義務を怠り慢然従来の経験上、人力を以て電話線を押上げ踏切を通過し得るものと盲断し踏切内に前進した結果貨物自動車積載の変圧器上部が前記電話線に接触通過不可能の状態に立至つたが右石田をはじめ荷扱夫は、自動車を踏切外に後退させ、事故を未然に防止すべき注意義務も怠り前記神戸行急行電車の西進し来るを現認しながら尚も電話線を押上げ通過をはかつた過失により前記衝突を惹起したもので石田等は当時被告の被用者として被告の業務を執行していたのであるから、被告は石田等の前記不法行為により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

三、原告は本訴に於て石田等の不法行為により蒙つた損害のうち(一)四輛連結電車の中二車輛損壊の修理費九十三万四千三百円(内訳訴外ナニワ工機株式会社に修理を請負はしめ同社に支払つた金額六十四万八千八百円、訴外阪神統貨株式会社に損壊電車の輸送を請負はせた為会社に支払つた金額二万六千円、損壊箇所中の一部を原告自らの経営工場で修理するに要した費用二十五万九千五百円)、(二)土木関係の損害金三万六百円、合計九十六万四千九百円及び之に対する昭和二十七年二月一日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合に依る遅延損害金の支払を求めると述べ、

被告の反訴請求原因事実竝びに本訴に対する答弁事実の中右に反する事実を否認し、

(一)  原告の電車運転手田中了二は大阪発神戸行特急車を運転して西宮北口駅を発車し時速約九十キロで西進していたが本件事故当時は雨天で晴天時に比較し前方透視は困難であつたので田中は運転台前面窓硝子の雨雫をば随時手で拭い事故現場から東方約三百米の地点にある越水車踏切を通過しようとする婦人団体に数回緊急警笛をならし警告を与える等前方注視に努めつゝ進行中本件踏切から三百四十五米東方の地点で赤旗らしいものを打振るのを発見、直ちに急停車措置をとつたが惰力前進により衝突を見るに至つたもので田中運転手の赤旗発見は寧ろ前方注視に努めた結果早期に為すことが出来たもので而も急停車措置後、晴天時に於ては約四百四十米の惰力前進を免れ得ないことは運輸技術界にあまねく、肯定されるところであるから田中運転手には何等過失はない。

(二)  被告は本件事故は立花踏切警手が雨天使用すべき発火煙管による信号措置を怠つた過失に起因すると主張するが運輸省より認可された原告会社の運転安全、規範には停止信号には昼間は雨天時と雖も赤旗、夜間は赤色燈を用いること、濃霧時や夜間前記信号の識別不能の時に限り発雷、発炎信号を用いることを規定するに止り雨天時に停止信号として発炎信号を用うるべきことを命じていないのみならず元来遮断機の適時引揚げ引下げを主たる任務とする踏切警手が被告自動車の踏切内停車を見て西方踏切に連絡し、更に東方に走り下り急行車に対し赤旗を振り危険信号をしたこと自体適宜の措置をとつたものと言い得るもので立花警手には何等過失はない。

(三)  被告は、原告会社の電話線架設が低きに失したことを非難するが被告の主張する電気事業法は同法第一条に明記するように変電所或は発電所等の電気工作物相互間及び電気工作物と其の他の工作物間に於ける保安通信電話線の高さ、を規整したもので私鉄の業務用電話に適用を見るものではない。

私鉄会社の電話線新設には私設電信規則第四条に基いて逓信省に申請許可を得べきものであり同規則には電話線の高さにつき積極的に規定するところがなく、原告会社に於て許可を得て、施設した以上法規違反の問題を生ずる余地はないと述べた。<証拠省略>

被告訴訟代理人は、本訴につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め反訴として原告は被告に対し金百六十六万二千五百四十五円及び之に対する昭和二十六年四月二十九日以降完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支払え反訴訴訟費用は原告の負担とするとの判決竝に仮執行宣言を求め本訴に対する答弁並に反訴請求原因として、

一、原告の主張事実のうち、原告が電車による旅客竝びに貨物運送業を営む会社であり被告は貨物自動車による運送業を営む会社であること被告会社運転手石田種一の操縦する貨物自動車と原告会社の電車運転手田中了二の運転する電車とが原告主張の日時場所に於て衝突し、被告会社貨物自動車が損壊したこと当時該自動車に積載していた変圧器の高さが四、二米鉄台の高さが〇、二一米であつたことは認めるが原告主張の損害の点は不知、その余の事実は否認する。

二、(一)本件事故発生は原告会社電車運転手田中了二の前方注視義務違反により惹起されたもので被告には何等過失はない。即ち被告会社は尼崎変電所から広田変電所迄変圧器の運送を請負い右変圧器を被告会社所有の重量運搬貨物自動車(牽引車大一八八一号、被牽引車大一八八六号)に積載荷扱夫七名附添い運転手石田種一が右貨物自動車を操縦し尼崎変電所を出発途中、阪神電車踏切を横断、阪神国道を西進西宮市に入り国鉄ガード下を通過北行し本件踏切に差掛つた当時右踏切の遮断機は上昇していたので右踏切を横断するについての安全を確認し得たが石田運転手は重量物運搬中のことゝて通常の速力を以て右踏切を横断することが出来ないから、右踏切より約五間手前で停車し運転助手である訴外小川三九郎及び荷扱夫である杉本一男両名をして右踏切警手である訴外立花喜代志に右重量運搬貨物自動車が通過する旨連絡させたところ、立花は電車通過の直後であるからとて通過に同意し且つ線路西方は屈曲し見透不充分の為西方約一丁半の地点にある踏切警手に連絡して停車信号を掲げさせ東方は見透充分であるから右踏切東方約百五十尺の地点で立花警手及び杉本が電車の進行を見張つた。更に石田運転手は右踏切上に電話線が架設せられてあり横断に際し積載されている変圧器の頂上にある突出部が電話線に若干触れることを予見していたのであるがその程度は僅少であつた為電話線の垂んでいる部分を押上げれば充分通過し得ることが経験上可能であることを確認し得たので荷扱夫西田伊平次をして変圧器の頂上で電話線を押上げるよう、指示するほか右貨物自動車のタイヤの空気を抜く等万全の準備を整えた。右のように安全横断の準備を整えた上、石田運転手は踏切の横断を開始し瞬時停車はしたが停頓、立往生とい言うが如き、事態に立至ることなく、横断しつゝある途中、下り線電車の見張をしていた前記立花、杉本両名は前方御手洗川附近に電車が西進して来るのを発見立花は赤旗を振り杉本は通行人より洋傘を借り受け更に之を振りつゝ東進し停止信号を試みたが田中運転手は、前方を注視すべき義務を怠り慢然、運転を続けた過失により右両名の停止信号に気付かず何等停車措置を構じなかつた為、右電車は進行を続け貨物自動車の牽引車が下り線の線路を通過し連結の被牽引車が下り線の線路上にあつて変圧器の頂上に二個ある突出部の一個は既に電話線を潜り他の一個が将に潜り抜けようとした時右電車の前部を被牽引車の横部に激突せしめたものである、以上の如く本件衝突は原告の被用者である田中運転手が業務執行中前方注視義務を怠つた一方的過失により発生したものである。

(二) 仮りに田中運転手に、前項の如き過失がなかつたとしても本件事故発生当時は雨天であり前方に対する見透し困難であつたが原告の被用者である本件踏切警手立花喜代志が発火煙管による危険信号措置をとるべき義務があるに拘らず前方見透に対する判断を誤り赤旗による危険信号を為した過失により田中運転手は危険信号を発見し得ず本件衝突となつたもので本件事故は立花警手の右の如き過失に基くものである。

(三) 仮りに被告の被用者に於て何等かの理由で若干の過失があるとしても原告の被用者が右の注意義務を完全に履行していたならば本件事故をたやすく避け得たであろうことは見易い道理であるが更に踏切に架設されている電話線の高さについて電気事業法は電気工作物相互間及び電気工作物とその他の工作物との間に於ける障害を防止する為必要な施設は命令を以て定めると規定し、右規定に基いて通産省令を以て定められた電気工作物規程第五十八条第一項第一号によれば架空電線の地表上の高さは道路を横断する場合は地表六米以上であることを要し危険の虞がない場合のみ所轄通商産業局長の認可を受けこの制限に依らない旨を定め、右工作物規程による認可規準内規として近畿電気通信局所定の市内架設電話路線建築心得第十条により五米以上の道路を横断する電話線は六米以上の高さに架設するよう定めている。蓋し右の電話線の高さに関する制限は五米以上の幅員を有する道路には高さ六米に近いものが交通することを予想し交通を妨害することなきようかゝる心得を定めたものであり之に反する電話架設工事は当局に於て許可されない。さればこそ被告会社の貨物自動車は本件踏切に到達する迄同様に電線や電話線の架設されている阪神電車踏切を無事通過し阪神国道に沿い架設されている電話線、竝びに右国道に約三十米の間隔を以て張られてある電線のつり架線に対しても何等支障なく、通過して来たものであつて、被告の被用者等が本件踏切をも支障なく通過出来るものと考え予め原告に何等連絡することなく前記(一)の措置をとり本件踏切を横断しようとしたことは常識上、習慣上、条理上、何等非難すべきことでなく貨物自動車が踏切内で若干時間停車したとしてもそれは結局原告が、電話線の架設につき制限に違反していることに基因、原告の過失は被告の過失に比較し著しく重大であり原告の賠償すべき損害額の算定につき被告の過失として斟酌さるべきではない。

以上の如く本件事故は全て原告の一方的過失により生じたものであり原告の不法行為により被告は、(イ)重量物運搬貨物自動車々体の修理代金五十六万円、(ロ)イスズ空冷ヂーゼルエンジン一台の取替代金五十二万円、(ハ)タイヤ一本の代金六万円、(ニ)本件変圧器運送により被告の得べかりし運貸十二万円、(ホ)本件衝突によつて唯一の重量物運搬貨物自動車修理休車中、重量物運送申込を受けたが之に応じ得なかつた為被告の失つた利益三十万七千円、(ヘ)休車により被用者に対し休業補償として支出した賃金十一万二千五百四十五円五十銭、右合計百六十六万九千五百四十五円五十銭の損害を蒙つたが被告は反訴に於てその内金百六十六万二千五百四十五円及び之に対する損害発生の日の翌日である昭和二十六年四月二十九日以降完済迄民法所定年五分の割合に依る損害金の支払を求めると述べた。<証拠省略>

理由

一、原告が電車による旅客竝びに貨物運送業を営む会社であり被告は貨物自動車による運送業を営む会社であること被告会社運転手石田種一の運転する貨物自動車と原告会社の電車運転手田中了二の操縦する電車とが附和二十六年四月二十八日午後三時頃原告の経営する神戸線西宮北口と夙川両停留所間にある通称南郷山踏切線路内で衝突したことは当事者間に争がない。

二、先づ本件事故が被告会社の被用者である貨物自動車運転手石田種一及び同行の荷扱夫等の過失によるものであるかどうかについて判断すると、成立に争のない甲第七、第八号証、第九号証の六、第十五号証、乙第二十三号証、第二十四号証の一、乃至四、第二十五、第二十六号証、証人立花喜代志、同小島竹松の各証言を綜合すると本件事故発生直前迄の被告会社の貨物自動車の進行状況及び石田運転手及び荷扱夫等の行動は次の通りであつたことが認められる。

被告会社の貨物自動車(牽引車)は被牽引車に変圧器及び鉄台を変圧器上部突出部が前後になるよう積載し、荷扱夫小島竹松、杉本一男等六名が之に同行し尼崎変電所より西宮市広田変電所に運搬すべく、阪神電車踏切を通過し阪神国道を西進、同国道を北に横断し本件踏切を南北に通ずる道路を北上しつゝ踏切に差掛つたが石田運転手は同踏切南方約十米の地点で一旦停車し荷扱責任者小川が右踏切附近に至り同踏切警手立花喜代志に対し踏切横断の都合を尋ねたところ、同警手は小川の貨物の容積に関係なく通過可能であるとの回答に応じ上り急行が通過した直後であるからとして、進行の合図をした。之より先、石田運転手及び荷扱責任者小川は積載している変圧器の高さが、右踏切上方に線路に沿い東西に架設されている電話線の高さより若干高いことは目測を以て予見していたが従来の経験上電話線を竿を以て押上げることにより踏切を通過することが出来るものと判断し、電話線を押上げる為変圧器上に荷扱夫西田伊平次及び前記小川を配置し、立花警手の合図に応じて踏切内に車を徐行させ変圧器の突出部に接触する電話線を押上げ通過をはかつた、立花警手はこの状況を見るに及び横断に時間を要すべく危険を直感したので同踏切西方は線路が曲線をなし、見透が困難である為急遽本件踏切の西方南郷山西踏切に連絡した後現場に引き返したが被牽引車は尚下り線路を閉塞し、荷扱夫が電話線を押上げ通過に努めている状態であり更に東方より田中運転手の運転する特急車が進行して来るのを発見、立花警手は線路上を東方に走りつゝ赤旗を振り荷扱夫杉本は通行人より赤傘を借受けて打振り共に停止信号を試みたが及ばず変圧器上部の二個所の突出部のうち、前部が電話線を潜り後部が正に電話線を潜ろうとした時電車は下り線を閉塞している被牽引車に激突した事実を認め得る。

ところでおよそ貨物自動車又はその牽引する諸車に積載容積の大きい貨物を積載し電車線路の踏切を横断するに際しては積載貨物が線路に沿い架設してある電話線等線路附属の工作物に接触し為に踏切横断が困難になり一時的にせよ線路を閉塞するに至り惹いては衝突の危険を生ずる虞があるから自動車運転手乃至貨物運送の責にあたる者は予め踏切に入る前に停車し積載貨物が接触することなく通過することが出来ることを確認した上通過すべき業務上の注意義務がある。このことは一定のダイヤにより軌道上を進行する高速度交通機関の運転計画を円滑にすると共に軌道横断の安全を確保し事故を未然に防止するをその設置の目的とする踏切の性質上、自ら明かなところである。若し万一、通過中に、路線附属の工作物に接触する事態を生じた時は直ちに、線路内より踏切外へ後退し、又事前より接触することが明白である場合には線路内に入ることなく、当該鉄道の係員に連絡協議の上、安全通過の方法を構じた上通過すべきことも亦右注意義務から当然要請されるところである。尤も右の通過の障碍となる架設物が通信線である場合は人力を以て之を押上げ比較的たやすく障碍を排除して通過することが出来る場合も考え得られるがこの様な場合にしても尚当該鉄道の係員と協議の上、初めてよくなし得るところと解すべきである、蓋し電信線を人力で押上げることにより無理を生じ通信上如何なる障碍を及ぼすかは図ることが出来ないのであつて昭和二十八年法律第九十六号、有線電気通信法は有線電気通信設備を損壊し、又は物品を接触しその他電気通信設備の機能に障害を与え有線通信を妨害した者に対する処罰規定を設け(第二十一条)又昭和二十八年法律第九十八号により廃止せられた、明治三十三年法律第五十五号、電信法も電信若くは電話による通信を障碍又は之を障碍すべき行為をなした者を処罰する旨規定していることに徴しても首肯されるところであろう。

之を本件についてみると被牽引車積載の変圧器の地上よりの高さについては変圧器及び鉄台自体の高さが四、四六米であることは当事者間に争がなく成立に争がない乙第二十三号証により認められる、被牽引車中央部に於ける荷台と地上との距離〇、二五米を加えるときは重量物によるタイヤの圧縮を考慮に入れても尚成立に争のない甲第八号証により認められる、当時の踏切直上の電信線の高さ四、〇四米を少くとも〇、五米を超え人力以て電信線を押上げ通過を図ることが如何に困難であり、時間を要するものであるかは立花警手が変圧器の頂上が電話線に接触するのを見て急遽西方踏切に連絡し現場に引き返した時も尚荷扱夫等は電線の押上作業を継続していたことから推知するに充分であり積載貨物と電話線の高さが以上の関係にありながら人力により電話線を押上げることにより容易に踏切を横断することが出来るものと軽信し敢て横断を企てたことは前記注意義務に違反すること明かであり被告会社運転手石田及び荷扱責任者小川某及その他の荷扱夫等の過失により本件事故が発生したとするほかはない。

三、次に原告の過失の有無について判断する。

(一)  先ず田中運転手の前方注視義務違反の有無について判断する。

(イ)  成立に争のない甲第一号証、第九号証の五、証人田中了二の訊問の結果による本件事故当時は小雨が降り前方に対する見透が十分でない天候であつたこと原告会社運転手田中了二は神戸行特急四輛連結車を運転し西宮北口駅を発車し運転台前面ガラスにかゝる雨雫によるくもりを手で拭いながら前方を注視し時速約九十粁の速度で進行を続け越水東踏切の手前附近で南郷山東踏切を横断する婦人団体らしい人々を認め警笛を二、三回吹鳴し進行するうち旗らしいものを振りながら線路上を来る人影を認めたので赤旗による停止信号と判断し直に非常制動の急停車措置をとり警笛を鳴らすうち赤旗による停止信号であることを確認し次で傘を振り信号していること本件踏切に何物か大きい障碍物がありその上に二人の人物が立つているのを認めたが惰力前進により衝突するに至つた事実を認めうる。そこで

(ロ)  前認定の田中運転手が赤旗らしいものを発見し非常制動措置をとつた地点を考えるには前記甲第九号証の五、証人田中了二訊問の結果及び成立に争のない甲第八号証、第九号証の三、四と、成立に争のない甲第十二号証により認められる時速九十粁で非常制動の急停車措置をとつた場合の惰力前進距離は晴天時約三百八十米、雨天時約四百四十米であること、成立に争のない乙第二十四号証の四により看取される、衝突の程度は変圧器に電車が衝突した為変圧器が倒れ電車の前車輪は被牽引車の台車上に乗上げ台車を約二米押した程度であつたことを比較、検討すると越水踏切西方で本件踏切を去る東方約三百五十米前後の地点であると推認される。

(ハ)  更に成立に争のない甲第八号証、乙第二十四号証の三、証人立花喜代志の証言によると立花警手が電車に向つて線路を走り停止して赤旗を振つた地点は本件踏切東方七十米、下り線路脇の地点であり、杉本が洋傘を振り線路上を走り電車の接近により線路外に出た地点はその約四十米東方であることが認められる。

以上認定の事実に基いて田中運転手が本件踏切を去る約東方三百五十米附近の地点で赤旗らしいものを発見したことが前方注視義務を懈怠したことにより遅きに失したものであるかどうかについて考えると成立に争のない甲第一号、第十号、第十四号証及び検証の結果によると本件事故発生時と天候の類似する条件の下に於て赤旗らしいものを認めることが出来る距離は検証の結果によれば、(I)約二百六十七米(検証時赤旗を振つた地点と前記踏切東方約七十米の地点とし之を控除)、甲第十四号証により認められる検察官の検証の結果によれば、(II)約三百十七米、(III )約二百七十一米の前方の地点である。(成立に争のない乙第二十七号証により認められる検証の結果は本件事故当時と天候の状況を異にすると認められるから、こゝには採用しない)従つて、前認(ハ)認定の地点で最初より赤旗乃至洋傘を振つていたものと仮定すると之を認めることが出来る最大距離は前記各検証の結果に対応し本件踏切より(I)の場合赤旗は三百三十七米、洋傘は三百七十七米、(II)の場合赤旗は三百八十七米、洋傘は四百二十七米、(III )の場合は赤旗は三百四十一米、洋傘は三百八十一米東方の地点ということになる。之を電車の速力が時速九十粁(秒速二十五米)の高速度であつたこと、当時の天候の状況、立花、杉本は相前後して線路上を走り赤旗及び洋傘を振つたものであり高速度で進行する電車より見ればその発言は、孰れを先とするか甲乙をつけ難いと考えられることを考慮するときは数字上若干の相違は認められるけれども田中運転手が非常制動措置をとつた地点は大体赤旗らしいものを現認することが出来る最大距離であつたと認めるのが相当であり田中運転手には前方注視義務を怠つたものとは認め難く他に、田中に過失があつたものと認めるに足りる確証はない。

(二)  被告は立花警手が発火信号をしなかつたことを以て過失があると主張するが前記認定の天候下で停止信号として発炎信号をなすべき義務があると認めるに足りる的確な証拠はない。尤も成立に争のない甲第十五号証によれば原告会社の運転安全規範、運転取扱心得第三百二条、第三百三条に特殊信号として予期しない箇所で特に列車を停車させる必要が生じたとき又は天候の状態その他の事由により信号の現示を識別することが出来ないときは昼夜に拘らず発雷信号発炎信号をする旨定めるが本件事故当時の天候が後段の場合に該当するとは未だ認め難いし、前段については第百三条に特殊信号の現示方法、第三百七条に、発炎信号の使用法を規定し之に対応して第三百四十三条以下に、列車防護、線路防護の種類を第三百五十条、第三百五十二条に列車事故に対し運転手及び車掌の行うべき列車防護及び特殊信号の現示方法を第三百六十四条乃至第三百六十六条に線路事故に対する保線係員、電路係員の行う線路防護及び特殊信号の方法を規定するに反し同法第三百二十二条に踏切合図は、踏切道を監視する時に行う合図を言う、踏切合図については昼間白色旗、夜間白色燈により表示すると規定するととゞまり警手の列車防護、線路防護につき規定するところはないから踏切道の監視を任務とする警手に特に前段の場合に特殊信号措置を命じているとは解せられないからこの点についての被告の主張も理由はない。

(三)  被告は本件踏切直上の電話線の高さは法定の制限以下で電気工作物規定第五十八条に違反するから原告会社に電話線架設につき過失があると主張する。成る程電気事業法第十三条の規定に基く昭和二十四年通産省令第六十七号、電気工作物規程(昭和二十九年四月一日通産省令により制定以前のもの)第五十八条は架空電線の地表迄の高さは道路を横断する場所地表上六米とする旨定めているが同条は電気工作物の施設竝びに電気工作物相互間その他の工作物間の障碍を防止する必要な施設に関し規定するものであること同規程第一条に定める通りであり電気事業法は第二条に本法に於て電気工作物と称するは電気の供給又は使用の為施設する工作物(水路貯水池、器具、機械、電線路その他)を言うとし更に右電線路とは、電気の電送に用うる電気導体を言うと明示するから右規程は本件の如き鉄道事業の専用に供する為鉄道線路に沿い停車場、連絡所又は信号所相互間に施設した電信施設には適用がない。本件の如き電話線については昭和二十八年法律第九十六号有線電気通信法第十一条に基く有線電気通信設備令は架空電線の高さは道路上に於ては路面から五米とするが右有線電気通信法施行前にあつては明治三十三年法律第五十五号電信法第二条に鉄道業その他電信電話の専用を必要とす事業の為に施設する電信電話は命令の定めるところにより私設することが出来る旨定めるが、右第二条による私設電信規則には、電話線の高さについて何等規整するところなく従つて本件の如き電話線の架設につき原告会社に過失があるか否かはその高さに関する限り社会通念により決しなければならない。そうだとすると地面より四、〇五米の高さは昭和二十六年四月当時の交通事情を考慮し社会通念上未だその高さに於て交通を妨害する程度のものとは認められないから被告の主張は理由がない。

四、然らば本件事故は偏に被告の過失に基くものであつて被告の反訴請求はその余の判断をする迄もなく失当であるから棄却すべきである。

そこで原告の蒙つた損害につき判断すると証人武田勲め証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一、乃至四、証人福田拓司の証言により真正に成立したものと認められる甲第十三号証、阪神統貨運輸株式会社尼崎営業所の捺印があるから真正に成立したものと認められる甲第五号証、証人武田勲、同田中正次、同福田拓司の証言によると本件事故により原告会社は現場附近枕木十五本を損傷し、遮断機親柱が破損し、踏切番舎は全壊し、第八六八、第八六三列車が破損する等の損害を蒙つたが之が損害復旧の為、(一)枕木損傷取替に九千円、遮断機復旧に千六百九円五十二銭、踏切番舎復旧に一万三千円、右軌道復旧に二十五名の人員が参加したが之が為原告が支払つた超過勤務手当(四時間半の分)六千九百九十円四十八銭、計三万六百円、(二)第八六八、第八六三列車破損による復旧費としてナニワ工機株式会社に旧復工事を請負はせた為に要した費用として第八六八列車の分五十七万五千円、第八一三列車の分七万三千円、ナニワ工機株式会社に原告より修理材料として支給した資材費二十三万九千五百五十五円、台車破損の為原告工場で修理するに要した費用三万円、及び阪神統貨株式会社に第八六三列車の運搬を請負はせた為の代金二万六千円、計九十三万四千三百五十五円、右合計九十六万四千九百五十五円を原告が支出した事実を認め得るから、被告は、右同額の金額について損害賠償の義務あるところ右の損害のうち九十三万四千三百円及び之に対する不法行為の日の後である昭和二十七年二月一日以降民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当として認容すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 松浦豊久 岡村利男)

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